一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)⑲ ……第3部、第8編、第1~4節……

 

カラマーゾフの兄弟』読了計画の第19回は、

第3部、第8編「ミーチャ」の、

 

第1節「クジマ・サムソーノフ」

第2節「猟犬(リャガーヴイ)」

第3節「金鉱」

第4節「闇の中で」

を読みたいと思う。

 

第3部、第8編、第1節「クジマ・サムソーノフ」

 

【要約】

ミーチャ(ドミートリーの愛称)は、グルーシェニカを連れてどこかへ旅立ちたいと思い、金の工面に奔走していた。ミーチャを苦しめている問題はすべて、「自分(ミーチャ)かフョードルか」の二者択一からなっており、近く戻ってくる「将校」のことはまったく頭になかった。グルーシェニカが、「わたしはあんたのものよ、わたしを連れてって」と言ってきた場合に備え、そのための資金をどうするかに頭を悩ませていた。事前に、3000ルーブルをカテリーナに返す必要もあった。彼は、唐突にも、グルーシェニカのパトロンであるサムソーノフのところへ行く肚をかためる。「裁判における自分の権利をすべて差し出すので、3000ルーブルだけ私に下さい」と提案するために……。だが、サムソーノフは、この提案を断り、「リャガーヴイに相談してみたらどうか……」と、“猟犬”とあだ名がついている男を紹介する。ミーチャは、「老人が自分をからかっているのではないか?」と疑いつつも、「勝利はこっちのもんだ、すぐに飛んでいかなくては!」と思う。ミーチャが出て行くと、サムソーノフは息子を振り向き、「あの男は、今後、庭先に通すこともまかりならん」と言いつける。

 

この『カラマーゾフの兄弟』では、「3000ルーブル」という額がよく出てくる。

フョードルがグルーシェニカのために用意した額が「3000ルーブル」だし、

ミーチャの命運がかかっているのも「3000ルーブル」だ。

訳者の亀山郁夫は、ドストエフスキーはこの小説における金の問題をこの「3000ルーブル」に集約させた観があるとし、

同じ数字を使い、そこにある種のグロテスクな擬人化をほどこすことで、

物語全体の滑稽味、さらに言えば、反転したばかばかしさを生み出していると語る。

では、3000ルーブルとは、どのくらいの価値があるのか?

第2巻の巻末にある「読書ガイド」には、

1860年代のロシアの大学教授の年収が3000ルーブルとあり、

19世紀当時の1ルーブルは、今の日本円に直すと1000円ぐらいだそうなので、

300万円くらいの価値があったと思われる。

 

 

第3部、第8編、第2節「猟犬(リャガーヴイ)」

 

【要約】

ミーチャは、すぐにも「馬車を飛ばして」リャガーヴイのもとに駆けつけなければならないのに、金がなかった。家に銀時計があったのを思い出し、時計屋で6ルーブルで売り、下宿の主人たちから3ルーブルを借り、ヴォローヴィア駅に駆けつけた。駅からリャガーヴイが泊っているイリインスキー神父の家まで12knとサムソーノフは言ったが、実際は18kmもあった。神父は隣り村に出かけていたので、疲れ果てている馬を駆って隣り村に向かった。神父を探しているうちに夜になってしまった。やっと神父をつかまえて、リャガーヴイの居所を訊くと、今はスホーイ・ポショーロクという集落に行っており、今夜はその森番の小屋に泊っているという。神父が道案内をしてスホーイ・ポショーロクへ向かう途中、ミーチャから、相続について父フョードルと争っていること聞いた(フョードルと持ちつ持たれつの関係にあった)神父は震え上がる。森番の小屋に着くと、リャガーヴイは泥酔状態で、男の手足をつかんで強く引っ張ったり、頭を揺すぶったりしても目を覚まさなかった。ミーチャは小屋に泊り、目を覚ましたら話すことに決めるが、翌朝起きると、リャガーヴイはもう酒を飲んで(またもや)泥酔状態で、話をしても埒(らち)が明かなかった。ここに至って、ミーチャは自分が(サムソーノフに)騙されていたことに気づく。ミーチャは町に戻って、グルーシェニカの家に向かう。

 

ミーチャの金策はうまくいかない。

グルーシェニカのパトロンであるサムソーノフには断られ、

彼に紹介されたリャガーヴイという男も、訪ねてみれば泥酔状態。

会話もかみ合わず、話にならない。

しかも、ミーチャは、ここで、

一酸化炭素中毒で)死にかけるという体験までしてしまう。

金策に走り回るミーチャの行動は滑稽で、

まるでドタバタ喜劇を観ているかのようだ。

 

 

第3部、第8編、第3節「金鉱」

 

【要約】

ミーチャがグルーシェニカの家を訪れたとき、彼女は将校からの知らせを待ち焦がれていた。グルーシェニカはミーチャを厄介払いするために、サムソーノフの家まで送ってくれるように頼む。ミーチャはすぐさま送って行き、別れ際、グルーシェニカはミーチャに11時過ぎに迎えに来てもらい家まで送ってもらう約束をとりつける。グルーシェニカを送った後、彼は下宿に駆け戻った。昨日の9ルーブルは使い果たしていたので、お金を工面する必要があった。決闘用に作られた二丁のピストルを担保に、武器愛好家の若い役人から10ルーブル借りたミーチャは、フョードルの家の裏手にあるあずまやに駆けつける。(フョードルを見張らせている)スメルジャコフを呼び出すためだったが、彼を待ち受けていたのは、スメルジャコフ発病の知らせだった。ミーチャはホフラコーワ夫人の家に向かう。夫人から(チェルマシニャーの土地の権利を担保に)3000ルーブル借りる決心をしたのだ。夫人に借金の申し出をすると、夫人からは“金鉱探し”を勧められ、お金は貸してもらえない。「ああ、この、畜生……」と叫び、げんこつで力いっぱい机をたたきつけ、つばを吐くと、ミーチャは早足で部屋を出た。ホフラコーワ邸から数歩歩き出した所で、サムソーノフの家の女中に会ったので、グルーシェニカのことを訊くと、グルーシェニカはすぐに帰って、今はいないと告げる。ミーチャはグルーシェニカの家に駆け出して行くが、それはちょうどグルーシェニカが馬車で(将校のいる)モークロエに向かって去って行ったのと同じ時刻だった。ミーチャは(料理番のマトリョーナの孫で、グルーシェニカの小間使いの)フェーニャを、「彼女はどこだ」と責め立てるが、フェーニャは「知らない」の一点張り。ミーチャは、その家にあった銅製のすり鉢の杵をポケットに押し込んで駆けだした。「ああ、神さま、あの人、人を殺す気だわ」と、フェーニャは叫んだ。

 

ミーチャとホフラコーワ夫人の会話もまるでかみ合わず、

ホフラコーワ夫人は、ミーチャの「3000ルーブル貸してほしい」という懇願を無視し、金鉱のことしか話題にしないのも可笑しい。

ミーチャがあまりにもしつこいので、ホフラコーワ夫人は、ついには、

 

わたし、だれにもお金を貸さない主義なんです。お金を貸すことって、喧嘩をするのと同じことですからね。でも、あなた、とくにあなたにはお貸ししません。あなたを愛しているからこそ、貸さないんです。あなたを救うためにこそ貸さないんです。だって、あなたに必要なのはただひとつ。金鉱なんですもの。金鉱、金鉱だけなんですもの!(第3巻177~178頁)

 

と言うのだが、

ミーチャは、「ああ、この、畜生……」と叫び、げんこつで力いっぱい机をたたきつけたので、ホフラコーワ夫人は、「あれ!」と言って仰天し、客間の隅まではじけ飛ぶ。(笑)

「これ、本当に『カラマーゾフの兄弟』?」と思うほどに面白い。

 

 

第3部、第8編、第4節「闇の中で」

 

【要約】

「グルーシェニカはサムソーノフの家からまっすぐ奴(フョードル)のところに駆けつけたに違いない」と思い込んだミーチャは、カラマーゾフ家の裏手の塀を乗り越え、庭に飛び降り、父フョードルの寝室の窓辺にたどり着いた。身をひそめ、息を殺して、フョードルの様子をうかがうことにした。フョードルは見るからに気落ちした様子で、窓の外を覗いたりしていた。どうみても一人だったし、グルーシェニカはここには来ていないようだった。帰ろうとしたときに、グレゴーリーに見つかり、ポケットから取り出した銅の杵で殴ってしまう。

頭が血だらけになったグレゴーリーを放置して、ミーチャはその場から逃げ、無我夢中で走った。彼が飛んで行った先は、またしてもモローゾフの家(グルーシェニカの家)だった。門番頭のナザールから、グルーシェニカが馬車でモークロエへ行ったことを聞いたミーチャは、猛り狂ってフェーニャの所へ駆けだして行った。

 

ミーチャに殴られたグレゴーリーは死んでしまったのか?

肝心の殴る描写はなく、時間が飛んでおり、

その間に何があったのかが判らない。

はたして、ミーチャはどうなってしまうのか……