一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

近くの里山 ……ヤマラッキョウ、リンドウが群れ咲く……

 

10月27日(火)

 

台風30号が去った翌日、

近くの里山へ秋を探しに行ってきた。

 

この里山には人もあまり立ち入らないので、

あちこちに倒木があり、除去される気配もない。(笑)

 

標高の低い里山でも紅葉が始まっていた。

 

ツワブキの花が目立って多くなってきた。

 

ツワブキとサイヨウシャジンのコラボ。

 

黄色い花つながりで、ヤクシソウや、

 

アキノキリンソウもパチリ。

 

オミナエシや、

 

オトコエシもまだ咲いている。

 

ハゼラン(爆蘭)が咲いていた。

南米原産で、日本には明治時代に鑑賞用としてもたらされたが、

鑑賞用に栽培もされるが、現在は多く野生化している。

 

この花は午後の2~3時間ほどしか開かないので、

そのため三時花、三時草などとも呼ばれる。

円錐形のつぼみや丸い実の状態で見かけることが多く、

線香花火を連想させる。(ハゼランの名はこのイメージから)

 

センボンヤリ(千本槍)の果実(綿毛・痩果)があちこちに見られた。

 

フユノハナワラビも姿を現していた。

ありふれた植物のように思えるが、

東京都と沖縄県で絶滅危惧I類、鹿児島県で準絶滅危惧の指定がある。

 

アキノタムラソウや、

 

ヤマハッカの花を見ながら歩いていたら、

 

メスグロヒョウモンの雌に出逢った。

 

日本産ヒョウモンチョウ類の中では分布が広い方だが、

どこにでも生息するわけではなく、

 

環境の変化などで見られなくなっている地域もあり、

 

埼玉:準絶滅危惧

東京:準絶滅危惧

兵庫:その他(都道府県独自のカテゴリなど)

奈良:準絶滅危惧

鳥取:絶滅危惧Ⅰ類

島根:絶滅危惧Ⅱ類

愛媛:絶滅危惧Ⅱ類

福岡:準絶滅危惧

長崎:準絶滅危惧

鹿児島:準絶滅危惧

などでは、レッドデータブックに記載されている。

 

私は、先日、鬼ノ鼻山で見たばかりであるが、

『佐賀の蝶』(西村謙一著)よると、

佐賀県では、かっては各地に普通にみられたが、

現在では、島嶼をのぞけば、非常に稀であるとのこと。

 

今日も逢うことができて嬉しかった。

 

ツマグロヒョウモンにも逢うことができた。

 

この里山にはリンドウの群生地があり、まだ咲き始めであったが、

美しい花を見ることができた。

 

蕾も多く、

 

これから群れ咲くことだろう。

 

この里山で、

リンドウに負けず劣らず群れ咲くのがヤマラッキョウの花。

 

ちょうど見頃を迎えていた。

 

撮っても、

 

撮っても、

 

撮り切れない。(笑)

 

嬉し過ぎる。

 

幸せ過ぎる。

 

今日も「一日の王」になれました~

 

いよいよ『失われた時を求めて』(プルースト)に挑みたい

 

これまで、一人読書会と称して、

トーマス・マン『魔の山』

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

トルストイ『アンナ・カレーニナ』『戦争と平和』

などの海外の古典的名作を読んできたが、

いよいよ、最終目的としていた、

プルーストの『失われた時を求めて』に取り掛かろうと思う。

 

私が(極私的に)「読まずに死ねるか!」と思っている文学作品の筆頭で、(笑)

まだ(小さい字の)文庫本を読める今だからこそ挑んでおきたい。

若き頃に一度、井上究一郎訳の『失われた時を求めて』に挑んでいるが、

あえなく撃沈し、以降は、挑戦しようという意欲さえ湧かなかったのだが、

70歳を過ぎ、いよいよラストチャンスと思い、チャレンジするのである。

 

日本で全訳されたものとしては、以下の本がある。

 

●淀野隆三・井上究一郎・伊吹武彦・生島遼一・市原豊太・中村真一郎訳『失われた時を求めて』(全13巻)新潮社、1953~1955年。初の全訳。

 淀野隆三・井上究一郎訳『第1巻 スワンの恋』I・II、1953年

 井上究一郎訳『第2巻 花咲く乙女たち』I・II、1953年

 伊吹武彦、生島遼一共訳『第3巻 ゲルマント公爵夫人』I・II、1953年

 井上究一郎, 市原豊太、中村真一郎共訳『第4巻 ソドムとゴモラ』I・II、1953年

 伊吹武彦訳『第5巻 囚われの女』I・II、1954年

 生島遼一訳『第6巻 消え去ったアルベルチーヌ』1955年

 井上究一郎訳『第7巻 見出された時』I・II、1955年

改訂版新潮文庫、1958-1959年/新潮社(新装、全7巻組)、1974年

 

●井上究一郎訳『失われた時を求めて』筑摩書房〈筑摩世界文学大系 全5巻〉、1973~1988年。初の個人全訳。

改訂版『プルースト全集 1-10』筑摩書房、1984~1989年/ちくま文庫(全10巻)、1992~1993年

 

●鈴木道彦訳『失われた時を求めて』(全13巻)、集英社、1996~2001年、読売文学賞・日本翻訳文化賞受賞(2001年)

改訂版集英社文庫(各・巻末エッセイ)、2006~2007年

 

●吉川一義訳『失われた時を求めて』(全14巻)、岩波文庫、2010年11月~2019年11月(最終巻に総索引収録) - 小西財団日仏翻訳文学賞受賞(2021年)

 

●高遠弘美訳『失われた時を求めて』(全14巻予定)、光文社古典新訳文庫、2010年9月~刊行中(2026年時点で第6巻まで刊行)

 

主な翻訳家4人のうち2人は既に亡くなっており、

井上究一郎(909年9月14日~1999年1月23日)享年89歳

鈴木道彦(1929年4月26日~2024年11月11日)享年95歳

吉川一義(1948年1月31日~)

高遠弘美(1952年3月22日~)

できれば現在存命の翻訳家の最も新しいものを読みたいと思ったが、

高遠弘美訳の光文社古典新訳文庫版はまだ第6巻までしか訳されておらず、

結果、吉川一義訳の岩波文庫(全14巻)を読むことにした。

すでに岩波文庫の全14巻・美装ケース入りセットも購入済みである。

 

美装ケースの絵は、フェルメール作『デルフトの眺望』。

プルーストはオランダ旅行時の1902年にデン・ハーグのハーグ美術館でこの絵画を見ており、知人に宛てた書簡で「ハーグで『デルフト眺望』を見てからというもの、この世で最も美しい絵画を見た、と思ってきました」と書いている。

 

岩波文庫の『失われた時を求めて』(全14巻)の全巻構成は、

次のようになっている。

 

第1篇『スワン家のほうへ』

 第1部「コンブレー」

……………………………………………………以上、第1巻

 第2部「スワンの恋」

 第3部「土地の名ー名」

……………………………………………………以上、第2巻

第2篇『花咲く乙女たちのかげに』

 第1部「スワン夫人をめぐって」

 第2部「土地の名ー土地」

……………………………………………………以上、第3巻、第4巻

第3篇『ゲルマントのほう』

 一

 二

……………………………………………………以上、第5巻、第6巻、第7巻

第4篇『ソドムとゴモラ』

 一

 二

……………………………………………………以上、第8巻、第9巻

第5篇『囚われの女』

……………………………………………………以上、第10巻、第11巻

第6篇『消え去ったアルベルチーヌ』

……………………………………………………以上、第12巻

第7篇『見出された時』

……………………………………………………以上、第13巻、第14巻

 

 

◇ 失われた時を求めて 1 スワン家のほうへI

ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん襲われる戦慄。「この歓びは、どこからやって来たのだろう?」 日本の水中花のように芯ひらく想い出――サンザシの香り、鐘の音、コンブレーでの幼い日々。

 

◇ 失われた時を求めて 2 スワン家のほうへII

株式仲買人の出身ながら社交界の寵児スワンは、ある日友人に最下層の粋筋(ココット)オデット・ド・クレシーを紹介される。追う女、追われる男の立場はいつしか逆転し、初老の男は年下の恋人への猜疑と嫌悪に悶える(スワンの恋)。二人の結婚からジルベルトが誕生し、幼い「私」はシャンゼリゼで出会ったこの美少女に夢中になる(土地の名―名)。

 

◇ 失われた時を求めて 3 花咲く乙女たちのかげにI

少年の目に映るパリの社交風俗を描く、第二篇第一部「スワン夫人をめぐって」。オデットとの結婚によって上流階級との交際を断ったスワン。夫妻の娘ジルベルトへの想いを募らせ、スワン家のサロンの信奉者となる私。ある日、夫人のお供をした昼食会で憧れの作家ベルゴットと同席する栄に浴するも、初恋は翳りを帯び……

 

◇ 失われた時を求めて 4 花咲く乙女たちのかげにII

それから二年後、私はノルマンディーの保養地バルベックに滞在した。上流社交界のゲルマント一族との交際、「花咲く乙女たち」の一人アルベルチーヌの抗いがたい魅惑、ユダヤ人家庭での夕食、画家エルスチールのアトリエで触れる芸術創造の営み。海辺のリゾート地、ひと夏の燦めきを描く、第二篇第二部「土地の名―土地」。

 

◇ 失われた時を求めて 5 ゲルマントのほうI

パリのゲルマント館の一翼に引っ越した一家。家主の公爵夫人は神秘に包まれた貴婦人。その威光にオペラ座で触れた「私」は、コンブレー以来の夢想をふくらませ、夫人の甥のサン=ルーを兵営に訪ねて軍人の世界を垣間見たり、友人と愛人の諍いに巻き込まれながら、しだいに「ゲルマントのほう」へ引き寄せられる。

 

◇ 失われた時を求めて 6 ゲルマントのほうII

祖母の旧友ヴィルパルジ夫人のサロンで、「私」は憧れのゲルマント公爵夫人とついに同席。芸術、ゴシップ、ドレフュス事件など、社交界の会話の優雅な空疎さを知る。家では祖母の体調が悪化。哀しみを押し隠す母、有能で非人間的な医師、献身的で残酷な女中の狭間で、死が祖母を「うら若い乙女のすがたで」横たえるまでを「私」はつぶさに目撃する。

 

◇ 失われた時を求めて 7 ゲルマントのほうIII

冬に向かうパリ、「私」をめぐる景色は移ろう。――人妻との逢い引きの期待は破れるも、かつて夢見た「花咲く乙女」とはベッドで寄り添い、憧れのゲルマント公爵夫人からは晩餐の招待が舞いこむ。上流社交界で目にした気品と才気の実態、シャルリュス男爵の謎、予告されるスワンの死……

 

◇ 失われた時を求めて 8 ソドムとゴモラI

聖書に登場する悪徳と罪業の都市ソドムとゴモラ。本篇に入り、いよいよ同性愛のテーマが本格的に展開される。無意志的記憶により不意によみがえる祖母への想い。祖母を失ってしまった悲しみの感情に私は改めて強くとらえられる(「心情の間歇」)。私は再会したアルベルチーヌに同性愛の疑いをいだき、不安を覚える。

 

◇ 失われた時を求めて 9 ソドムとゴモラII

シャルリュスと青年ヴァイオリン奏者のソドム的関係。その一方で描かれるゴモラのテーマ。アルベルチーヌの同性愛を疑う「私」の嫉妬と動揺。彼女からヴァントゥイユ嬢とその女友達と深くつながっていることを告げられた「私」は激しい苦悩をおぼえるが、にわかに彼女と結婚しなければならないとの思いに駆られる。

 

◇ 失われた時を求めて 10 囚われの女I

海辺を自由に羽ばたく鳥――アルベルチーヌ――を、パリに連れ帰り、恋人たちの密やかな暮らしが始まる。籠の鳥となっても謎めいたままの女は、倦怠と嫉妬と疑惑で「私」を苛む。そんな狂おしい日々を彩る、朝の夢想、パリの物売りの声、芸術についての考察、大作家ベルゴットの死など。周囲の人々の流転とともに物語は進む。

 

◇ 失われた時を求めて 11 囚われの女II

ヴェルデュラン邸での比類なきコンサートを背景にした人間模様。スワンの死をめぐる感慨、ヴァントゥイユの知られざる傑作が開示する芸術の意味、大貴族シャルリュスの傲慢とブルジョワ夫妻の思いがけぬ報復。「私」もまた恋人への疑念と断ち切れぬ恋慕に苦しむが、ある日アルベルチーヌ失踪の報に襲われる。

 

◇ 失われた時を求めて 12 消え去ったアルベルチーヌ

アルベルチーヌの突然の出奔、続く事故死の知らせ。なぜ出ていったのか、女たちを愛したからか? 疑惑と後悔に悶える「私」は「真実」を暴こうと狂奔する。苦痛が無関心に変わる頃、初恋のジルベルトに再会し、その境遇の変転と念願のヴェネツィア旅行に深い感慨を覚える。

 

◇ 失われた時を求めて 13 見出された時I

懐かしのタンソンヴィル再訪が明かす、幼年時代の秘密。数年後、第一次大戦さなかのパリでも、時間は、容赦なく人びとと社会とを変貌させる。新興サロンの台頭、サン=ルーの出征、「破廉恥の殿堂」での一夜……。過去と現在、夢と現実が乖離し混淆するなかで、それを見つめる「私」に、文学についてのある啓示が訪れる。

 

◇ 失われた時を求めて 14 見出された時II

長い療養生活を経て、ゲルマント大公邸のパーティーに赴いた「私」は驚愕した。時は、人びとの外見を変え、記憶を風化させ、社交界の勢力図を一新していた。老いを痛感する「私」の前に、サン=ルーの娘はあたかも歳月の結晶のように現れ、いまこそ「作品」に取りかかるときだと迫る。(全14冊完結)

 

 

このブログにおける、これまでの一人読書会は、

読んだ箇所の要約を書いた後に、個人的な感想を述べるという形式だったが、

今回挑む『失われた時を求めて』という小説においては、

これまで読んできた作品のような要約は、あまり意味を成さず、

要約はせずに、ただ淡々と読み進め、

「完読」のための単なる「記録」として書き進めたいと思っている。

なので、ブログを読んでいただいている読者の方々には不親切な内容になると思う。

一応、計画としては、ひと月に1冊ずつ読んでいき、

2026年11月……第1巻

2026年12月……第2巻

2027年1月……第3巻

2027年2月……第4巻

2027年3月……第5巻

2027年4月……第6巻

2027年5月……第7巻

2027年6月……第8巻

2027年7月……第9巻

2027年8月……第10巻

2027年9月……第11巻

2027年10月……第12巻

2027年11月……第13巻

2027年12月……第14巻

という具合に、来年(2027年)末までに読了できるよう計画しているのだが、

計画より早くなるかもしれないし、遅くなるかもしれない。

気負うことなく、淡々と読み進めたいと思っている。

今回に限り、レビューを書くことが目的ではなく、

完読が第一の目的であるので、

私自身のためのメモみたいな記事になる可能性が高い。

〈『失われた時を求めて』をそんな風にして読んでいるんだなぁ……〉

と思ってもらえれば本望である。

「乞うご期待!」とも言えないし、

温かく見守って頂ければ……と思っている。

 

人生の一日(69) ……毒付けされた食事から抜け出す……

 

私はもともと外食はしない方だったが、

高齢者になってからは、もう、ほとんど外食はしなくなった。

今住んでいる場所(佐賀)に家を建てて引っ越してから37年、

地元(産直)の美味しい野菜を食べ続けていると、

評判のお店の料理でさえ、美味しいとは感じられなくなったのだ。

 

アルボムッレ・スマナサーラ著『70歳から楽になる』(角川新書)は、

いつも私が手元に置いて、繰り返し読んでいる本なのだが、

この本に、次のような文章がある。

 

私は子どもの頃、生のニンジンが大好きでした。母親が料理をしている横からこっそり取って、生のままかじっていたものです。

一方で、料理したニンジンはあまり好きではありませんでした。

生のままのほうが美味しいのに、どうして料理してしまうのか、私には理解できませんでした。思うに、鈍くなっている大人たちには、料理していろいろ素材に変化をつけることが必要だったのでしょう。

でも、油で調理したり、塩や砂糖などを加えたりすることは、本来いらないものを添加しているわけです。味付けイコール「毒付け」だと私は勝手に言っています。

野生の動物は、どんなものでも素材のまま食べます。調理するのは人間だけ。調理したものを好むのは、生命体としての本能が衰えている証拠です。

 

長く生きていれば、それだけ調理したものを食べていた期間も長くなります。

とくに外食や市販の惣菜などは、自分で調理していない分、どんな毒付け(味付け)がされているかわかりません。グルメを気取ってあちこちのレストランを食べ歩いて来た人は、相当、毒も取り入れてきたと思ったほうがいいでしょう。

高齢者と言われる年代になったら、面白がりつつ、自分で食べ物のコントロールをしてみましょう。

たとえば、サラダを食べるなら、素材の野菜から買ってきましょう。そして、ドレッシングをかけるときには、「毒付けしている」と認識しましょう。すると、ジャバジャバかけることもなくなるでしょう。

魚を焼くときにも、毒付けを意識すれば、少しの塩しか振らなくなります。

そういう食事をしていると、だんだん舌がリセットされて、これまでいかに毒まみれの濃い味を好んでいたかが感じ取れるようになります。

 

以前、私は、このブログに、

人生の一日(47) ……野菜料理は気楽でいい……

と題して、わが家の買物は私が担当していることを記した。

taku6100.hatenablog.com

 

こう見えて(どう見えているか知らないが)、私は料理が嫌いではない。

独身生活が長かったので、それなりに料理はできる。

結婚した時、私は29歳で、配偶者は21歳であった。

配偶者はまだ若かったこともあって、驚くほど料理ができず、(笑)

主要な料理(手作りハンバーグやトンカツなども)は私が教えた。

現在は配偶者の方が私よりはるかに料理は上手く、作ってもらうことが多いので、

私はもっぱら買物を担当している。

数日おきに(配偶者が書いたメモを持って)私が買い出しに行くのだが、

この買物が世の中の動き(物価など)を知る機会にもなっており、

極私的にめっぽう面白く、楽しい。

 

私の住む佐賀の田舎では野菜が安い。

特に、地元の人が出している「産直コーナー」の野菜は、

いつも旬の野菜が並んでいるので、新鮮で、美味しく、値段も安い。

キャベツも白菜もレンコンも里芋もブロッコリーもナスも、

ほんどの旬の野菜が100円前後、もしくは100円台の価格で購入できる。

配偶者のメモに書いてなくても、美味しそうな旬の野菜が並んでいたら、私の判断で買っていいことになっており、毎回旬の野菜をいくつも買って帰る。

なので、わが家は自然と野菜料理中心の食卓となっている。

私も配偶者も外食はほとんどしないので、健康的なことこの上ない。(笑)

 

私は、こうして毎日美味しい野菜を食べているので、

『70歳から楽になる』の著者アルボムッレ・スマナサーラさんが語っていることは、実感して解るのである。

新鮮な旬の野菜は、野菜そのものが美味しいので、

私もドレッシングをかけずに、そのまま食べることが多い。

ドレッシングをかけると、野菜そのものの美味しさが損なわれてしまうからだ。

 

味付けイコール「毒付け」

 

という言葉は強烈だが、私もそう思うことが多々あり、

なるべく素材のまま味わうことが多いのである。

 

以前(2021年10月11日)、このブログに

最近、驚いたこと⑬ ……『尾畠春夫のことば』を読んでビックリしたこと……

と題して、スーパーボランティア尾畠春夫さんの言葉を紹介したことがある。

taku6100.hatenablog.com

 

その中から、次の一文を紹介する。

 

これは驚かされたことではなくて、共感したことであるのだが、

尾畠春夫さんの食生活。

 

普段、ワシがどんなものを食べているかというと、栄養があるもの。といっても、美味しいものじゃない。高級で贅沢なものはダメ。脂肪が多かったり、胃がもたれたり、保存料や着色料が入っているものもダメ。(34頁)

 

1日に食べるご飯の量を10とすると、朝はしっかり5割、昼はほどほど3割、夜は少な目に2割と決めちょる。夜は、たくさん食べると、胃がもたれてよく眠れなくなっちゃうからね。ご飯には、昔ながらのしょっぱい梅干しを乗っけて食べる。知らない人が多いけど、梅干しの種を割ったら、その中身も食べられるんよ。(38頁)

 

私も、美味しいもの、美味し過ぎるものは、意識して食べないようにしている。

「美味し過ぎるものは“毒”」だと思っているからだ。

なので、自ずと、高級で贅沢なものは食べないし、外食もほとんどしない。

美味しいものを食べたいとは思わないが、美味しくものを食べたいとは思う。

その工夫はしている。

自分で作って食べることが多いし、自分で作る料理以上に美味しいものはない。

基本は、「一汁一菜」。

一汁一菜とは、ごはんを中心として、汁(味噌汁)と菜(おかず)それぞれ1品を合わせた和食の原点ともいえる食スタイル。

 

『70歳から楽になる』は2023年に刊行された本だが、

私は2021年にこのブログに書いた記事で、

すでに「美味し過ぎるものは“毒”」と書いていたのだ。(今、気づいた!)

ちょっとビックリ。

この食スタイルを貫き通してきたお蔭で、

これまで胃や腸のトラブルの経験はないし、健康状態を保っていられる。

これからも、味付けして「美味し過ぎるもの」は“毒”ということを肝に銘じ、

人生最後のステージに向かって、食生活をじっくり楽しんでいきたい。

 

鬼ノ鼻山 ……裏山にもセンブリが開花し、秋到来す……

 

10月22日(木)

 

7月から9月にかけて、

天山、作礼山、八幡岳には登っていたのだが、

裏山である鬼ノ鼻山には登っていなかった。

天山(1046m)、作礼山(887m)、八幡岳(764m)よりも、

鬼ノ鼻山(435m)は標高が低いので、

夏は他の山に比べて暑いということがあった。

 

10月下旬になり、日中は真夏日を記録することがあるものの、

朝晩はめっきり冷え込むようになった。

〈裏山の鬼ノ鼻山にも秋がやって来ているのではないか……〉

そう考え、(台風30号の接近で明日以降は天気が崩れるそうなので)

「晴れ」予報の今日、鬼ノ鼻山へ行ってみることにしたのだった。

 

中腹にある天ケ瀬ダムから天山を眺める。

美しい!

 

ダム湖は水が少なかった。

 

いつものように“憩いの森”からとりつく。

 

ツワブキの花が咲き始めていた。

 

いいね~

 

ゆっくり登って行く。

 

紅葉し始めている木もあった。

 

“鬼の展望台”に到着。

 

黒髪山系の山々が見える。

 

天山の手前に見える桜の木には、

 

毎年、この時期、返り咲きした花が見られる。

 

一旦下って、登り返す。

 

鬼ノ鼻山山頂に到着。

 

振り返って、パチリ。

 

山頂は展望がイマイチなので、

“鬼のテラス”の方へ移動する。

 

“鬼のテラス”に到着。

 

こんな風景を見ながら珈琲タイム。

 

空には、うろこ雲が広がっていた。

こうした雲が現れた後は「天気は下り坂」とされることが多いが、

(台風30号の影響で)風雨が近づいている前兆なのか……

 

聖岳へ続く綬走路を進むが、

 

毎年11月に開催される「『孔子の里』トレイルラン in たく」の為か、

草刈りがなされていて、秋の花がまったく見当たらない。

 

サザンカの花は所々で咲き始めていたものの、

残念無念。

 

それでも健気に咲いていた秋の花々を紹介しよう。

 

まずはアキノキリンソウ。

 

登山口周辺、縦走路と、意外にたくさん咲いていて、

 

大いに楽しませてくれた。

大株も見ることができた。

 

ヒヨドリバナ、

 

ヤマハッカ、

 

サイヨウシャジン、

 

オトコエシ、

 

シラヤマギクも咲いていた。

 

キツネノマゴ(狐の孫)の花を撮っていたら、

 

(この山でも)隣に白花のキツネノマゴを発見。

楽しい。

 

ママコナがまだ咲いていた。

 

嬉しい。

 

そして、センブリ。

草刈りを逃れて、ひっそり咲いていた。

 

鬼ノ鼻山にセンブリが咲くことを知る人は少ない。

 

いつまでもここに咲いてておくれ。

 

今日はあちこちで蝶を見かけた。

これは、ヤマトシジミ。

 

よく見ると、美しい蝶だ。

 

ツマグロヒョウモンの雄も見ることができた。

 

いいね~

 

おっ、これは、メスグロヒョウモンの雌だ。

 

『佐賀の蝶』(西村謙一著)には、

メスグロヒョウモンについて、次のような記述がある。

 

雌雄で、こんなにも色彩・斑紋が違う蝶は珍しい。知らなければ、全く別種の蝶としか思えない。雌の羽表は緑色を帯びた黒色とでも表現できる黒い色で、前羽には数個の白い紋があり、後羽には、中央に白い帯がある。一見、イチモンジチョウ類に見える。雄は、これこそ、まさにヒョウモンチョウ類の典型的な色彩・斑紋である。交尾している姿はみたことがないが、雄が雌を追っかけているのは目撃したことがある。すがすがしい夏の日に、岩手大学の演習林近くで、私の目の前を雌雄もつれながら飛んでいたのは印象的であった。北海道、本州、四国、九州に分布するが、一般に個体数は少ない。

佐賀昆虫同好会員の溝上誠司氏によると、メスグロヒョウモンは、佐賀県には、かっては各地に普通にみられたが、現在では、島嶼をのぞけば、非常にまれであるという。同氏は、この蝶を佐賀県で著しく個体数が減少している種としている。

メスグロヒョウモンは、国外では朝鮮半島、中国、ヒマラヤなどに分布し、ヨーロッパには産しない。年1回発生し、暖地では6月、寒地では7月に出現する。暖地では、酷暑の時期には夏眠に入り、秋になって活動する性質がある。九州では10月下旬から11月上旬まで、野外で飛んでいるのがみられる。

草原には少なく、樹林や、その付近に見られる。幼虫の食草はスミレ類。幼虫で越冬する。

少年の日、昆虫採集に行くと、時々、メスグロヒョウモンを見た記憶はあるが、掴まえたことはない。夏休みが終わって、標本展示会で他の生徒が採集した緑黒色の雌の標本をみて、非常に羨ましく思ったことを覚えている。

2014年7月20日唐津市七山池原の樫原湿原で久しぶりに本蝶の雌一頭に出会い撮影できた。最近の貴重なチャンスであった。

 

多くの都道府県で、レッドデータブックに記載されているようだ。

 

下山後、麓にある西渓公園に寄ってみた。

紅葉にはまだ1ケ月ほど間があるが、

(2026年11月21日~から11月29日に「孔子の里 紅葉まつり」が開催予定)

紅葉が始まっている木もあった。

 

今日も「一日の王」になれました~

 

ハン・ガン『涙の箱』 ……世界で最も美しく純粋な涙……

 

私が利用している小さな町の小さな図書館の新着図書コーナーで、

韓国人作家ハン・ガンが書いた『涙の箱』を見つけた。

 

【ハン・ガン】

1970年、韓国・光州生まれ。延世大学国文学科を卒業。1994年、ソウル新聞新春文芸に短編「赤い碇」が当選し、作家デビュー。2005年、『菜食主義者』(クオン)で李箱文学賞を、また同作で2016年にアジア人初の国際ブッカー賞を受賞。2017年、『少年が来る』(クオン)でイタリアのマラパルテ賞、2023年、『別れを告げない』(白水社)でフランスのメディシス賞(外国小説部門)、また同作で2024年、フランスのエミール・ギメ アジア文学賞を受賞。2024年、「過去のトラウマに向き合い、人間の命のもろさを浮き彫りにする強烈な詩的散文」が評価され、ノーベル文学賞を受賞。他に『引き出しに夕方をしまっておいた』『そっと 静かに』(以上クオン)、『ギリシャ語の時間』(晶文社)、『すべての、白いものたちの』(河出書房新社)、『回復する人間』(白水社)などが邦訳されている。

 

新着図書コーナーではあるが、日本では2025年8月に刊行された本なので、

新刊書とも言えないのだが、(田舎の小さな図書館ではよくあること)

その美しい絵の表紙に惹かれ、思わず手に取った。

90頁ほどの“大人のための絵本”という感じで、

小さくて薄い本なのに価格は1650円(税込)となっていた。

 

書店で見つけても買うことはないと思うが、(コラコラ)

ここは図書館なので、借りて帰って読んでみようと思った。

で、借りて帰り、早速読み始めた。

 

昔、それほど昔ではない昔、ある村にひとりの子どもが住んでいた。

その子には、ほかの子どもとは違う、特別なところがあった。

みんながまるで予測も理解もできないところで、子どもは涙を流すのだ。

子どもの瞳は吸い込まれるように真っ黒で、

いつも水に濡れた丸い石のようにしっとりと濡れていた。

雨が降りだす前、やわらかい水気を含んだ風がおでこをなでたり、近所のおばあさんがしわくちゃの手で頬をなでるだけでも、ぽろぽろと澄んだ涙がこぼれ落ちた。

ある日、真っ黒い服を着たおじさんが子どもを訪ねてくる。

「私は涙を集める人なんだ。必要な人に売ることもある」

おじさんが持っていた大きなカバンの中には、

黒くふわふわしたビロードが敷かれていて、大きなものや小さなもの、

形もさまざまな涙が宝石のように陳列されていた。

玉ねぎの匂いを嗅いだ時の涙、

あくびをしたあとの目じりに溜まる涙、

とても腹がたったときに流す涙、

嘘で流す涙、

間違いを後悔したときに流す涙、

恥ずかしかったり自分を憎んだりして流す涙、

会いたい人に会えないときに流す涙、

あまりにもうれしくて流す涙、

だれかが可哀想で流す涙、

赤ちゃんの涙、

お母さんたちが赤ちゃんのために流す涙、

愛する人のために流す涙、

とてもつらいことを経験して、長いこと泣いて、その涙も乾いて、もっともっと時間が経ったあと……、ふたたび流す涙。

子どもは開けた口を閉じることができなかった。

「おじさんは本当にたくさんの涙を持っているんだね。それでも、まだ持っていない涙があるの?」

「そう、あるんだよ。わたしが探しているのは、純粋な涙なんだ」

「じゅんすいな……涙?」

「自分が鳴いていることすら気づかずに流す……、特別な理由はないけれど、この世のすべての理由で流す……、世界で最も美しい涙なんだ」

「そんな涙がほんとうにあるの?」

「もしかして、きみがその涙をもっているんじゃないかと思ったんだけど」

子どもはじっとおじさんの目を見上げた。

「私のために少し泣いてくれることはできるかな?」

だが、子どもの目からは涙は出なかった。

夜になるまで、一滴の涙も流すことはできなかった。

おじさんは待っている人がいるからと、

「また来るよ、元気でな」

と言って、出発した。

おじさんの後を追っていた青い明け方の鳥の声が聞こえた。

「さあ、いっしょに行こう」

そうして、子どもはおじさんとともに旅に出ることを決意する。

おじさんと子どもは、やがて、

全財産をはたいてでも涙を買いたいというおじいさんのもとにたどり着く。

髪も服も真っ白なおじいさんは、赤ん坊のころ以来涙を流したことがないと言う。

そして、おじさんの持ち歩く涙の箱から、選んだ涙を飲みこんでいくのだが……

 

表面だけをなぞれば、涙を主題にした美しい物語として読める。

だが、「赤ん坊のころ以来涙を流したことがない」というおじいさんは、

韓国での民主化運動や済州島での四・三事件といった時代の暴力に翻弄され、

泣きたくても泣けなかった人たちの象徴だとも言える。

そう考えると、

単なる“大人のための美しい童話”として片付けられないような気もした。

 

本書を読みながら、

〈なんと多くの種類の涙があることか……〉

と思った。

涙は、目の涙腺から分泌される体液のことであるが、

涙の種類は、主に3種類に分けられる。

 

➀基本的な涙

健康な哺乳動物の目は、絶えず角膜を潤った状態に保ち、埃や細菌などから目を保護する役割を持つ涙を分泌する。

 

➁反射的な涙

タマネギを切った時に出るガスや、催涙スプレー、催涙剤、催涙弾などの異物の刺激が、角膜、結膜、または鼻粘膜を含む目の環境を刺激し、眼神経のTRPチャネルの引き金を引くことで、涙を出す反応を示す。この反応は、強い光、熱い物や刺激物を口内で感じた時、嘔吐、咳、あくびなどによっても引き起こされる。これらの反応は、目などに入った異物を洗い流すための涙である。

 

③感情の涙

感情が高ぶった際にも多量に分泌される。悲しい時、嬉しい時に流れることが多い。痛みを感じた時、吐き気がする時、悔しいとき、大笑いした時などに流れることもある。感情による涙の場合は通常の排出(涙点経由のもの)では間に合わず、涙が目の外へ流出する。悲しみなどによって涙を流し、声を出す一連の動きのことを「泣く」と言う。

 

おじさんが求めているのは、

上記の三つの原因で生じる涙ではなく、

「自分が鳴いていることすら気づかずに流す……、特別な理由はないけれど、この世のすべての理由で流す……、世界で最も美しい涙」ということになる。

 

物語の後半で、おじさんは子どもに語りかける。

 

「さあ、どうだろう。純粋な涙とは、何も入っていない涙のことじゃないんだ。すべての熱さと冷たさ、最も眩しい明るさと、最も暗い影までもが込められたとき、そこに本当の光がただようんだ」

 

「きみの涙には、むしろもっと多くの色彩が必要じゃないかな。特に強さがね。怒りや恥ずかしさや汚さも、避けたり恐れたりしない強さ。……そうやって、涙にただよう色がさらに複雑になったとき、ある瞬間、きみの涙は純粋な涙になるだろう。いろんな絵の具を混ぜると黒い色になるけど、いろんな色彩の光を混ぜると、透明な色になるように」

 

“純粋な涙”のことを考えつつ、物語を読み終え、

巻末にある著者による「作家のことば」を読むと、

その文末に、こう記されていた。

 

時おり、予想外の瞬間に、私たちを救うために訪れてくれる涙に感謝する。

 

“純粋な涙”とは、

「基本的な涙」でもなく、「反射的な涙」でもなく、「感情の涙」でもなく、

「予想外の瞬間に、私たちを救うために訪れてくれる涙」なのだろう……

と思った。

 

韓国では2008年に刊行された本で、

本作を翻訳した「きむ ふな」によると、

「韓国では子どもから大人まで幅広い年齢で愛されています」とのこと。

 

韓国で刊行された本とは違い、

日本語版の装画と挿絵は、

ハン・ガン自身、長年ファンだったというjunaidaが担当している。

 

【junaida】(ジュナイダ)

画家。1978年生まれ。Hedgehog Books代表。『HOME』(サンリード)で、ボローニャ国際絵本原画展2015入選。第53回造本装幀コンクール・日本書籍出版協会理事長賞(児童書・絵本部門)を『Michi』(福音館書店)が受賞。翌年に同賞を『怪物園』が受賞。ミュンヘン国際児童図書館発行の「ホワイト・レイブンズ-2021」に『怪物園』が入選。最新刊に『EDNE』(白泉社)、近著に絵本『Michi』『の』『怪物園』『街どろぼう』(いずれも福音館書店)、画集『UNDARKNESS』(Hedgehog Books)など。

 

このjunaidaが手がけた装画と挿絵がすこぶる好い。

私が図書館で本書を手に取ったのも、

Junaidaの装画が良かったからだ。

 

クリスマスのプレゼントとしても最適な一冊だと思った。