
著者の山本正嘉氏を知ったのは、
2024年6月に開催された、
「第7回 夏山フェスタin福岡2024」というイベントだった。

【山本正嘉】
1957年横須賀市生まれ。東京大学大学院修了。博士(教育学)。鹿屋体育大学名教授、および同大学のスポーツトレーニング教育研究センター長を経て、現在名誉教授。専門は運動生理学とトレーニング学。2つの体育大学で30年以上にわたり、スポーツ選手の競技力の向上や一般人の健康増進をはかるための研究と教育を続けてきた。中学生の時に登山を始め、日高山脈の単独無補給全山縦走、シブリン北陵の初登攀、アコンカグア南壁のアルパインスタイル登攀、チョーオユーの無酸素登攀、ムスターグアタの低酸素トレーニングを活用した短期登攀などをおこなってきた。2001年に登山の運動生理学とトレーニング学に関する研究と啓発運動に対して秩父宮記念山岳賞を受賞。主著の『登山の運動生理学百科』(東京新聞出版局)は韓国、台湾で翻訳されている。

「山をより快適に歩くための3つのポイント」
というセミナーを聴講したのだが、

このときの講義内容がすこぶる良く、
山本正嘉氏の著書を読んでみたいと思い、購入したのが、
『登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術』 (ブルーバックスB2260 講談社 2024年5月刊)だった。

登山人口は年々増加の一途をたどり、
いまや登山は老若男女を問わず楽しめる国民的スポーツになっている。
一方、登山人口の増加に比例して山岳事故も増えており、
GWや夏期のハイシーズンには、
事故のニュースを目にしない日は無いほどだし、
安全な登山技術の普及が喫緊の課題となっている。
本書は、安全に楽しく登山をするために、運動生理学の見地から、
疲れにくい歩き方、
栄養補給の方法、
日常でのトレーニング方法、
デジタル機器やIT機器の効果的な使い方などを、
わかりやすく解説し、
さらに、豊富なコラムで、
楽しみながら知識が身につけられるようになっている。

目次には、
第1章 登山とはどのような運動か
第2章 山での疲れにくい歩き方
第3章 山での栄養補給の方法
第4章 環境の影響から身体を守る
第5章 山で起こる身体のトラブルを防ぐ
第6章 体力トレーニングの考え方と方法
第7章 登山計画の立案と身体面の準備
第8章 安全登山の仕組みづくりとセルフチェック

という項目が並ぶが、
このレビューでは、極私的に興味のある、
「70代で日本アルプスを単独縦走するには?」
ということに絞って、論じてみたい。
佐賀県に金立山(502m)という旧い由緒を持った低山があります。ここに金立水曜登山会という市民団体があり、毎週水曜日に100名以上の会員が集まり、真夏でも雨の日でも、半日程度の「軽登山」を欠かさず続けています。たくさんの人が一緒に登るので、歩く速さもゆっくりとなります。彼らはこれをスロー登山とも呼んでいます。
軽登山という用語はこれ以後もときどき使うので、ここで説明しておきます。これは、ハイキングコースと呼ばれるような歩きやすい低山で行う、3~4時間程度の山歩きだと考えてください。累計の標高差で表すと、上り・下りともそれぞれ500mくらいの運動量になります。(23~24頁)

私も金立山に登ったときに、時々、水曜登山会の皆さんに会うことがあり、
その登山会の存在は知っていたが、
団体行動が苦手な私は、一度も参加したことはなかった。
著者は、この会の皆さんにお願いして、健康や体力などの状況を調査してきたという。
生活習慣病は、
代謝系の障害であるメタボリックシンドローム(高血圧、糖尿病など)と、
運動器系の障害であるロコモティブシンドローム(腰痛、骨粗しょう症など)との2種類があるのだが、毎週登山を励行している人たちは、どの疾患をとってみても、同年代の日本人の標準値と比べて著しく有病率が小さいことがわかった。
登山は典型的な有酸素性運動(エアロビクス)で、運動時間が長いことが特徴。
このため、心臓や肺にほどよい負荷をかけ続けながら、体脂肪をたくさん燃やすことができ、
また、荷物を背負って坂道を上り下りするので、全身の筋力が強化され、骨にも刺激が加わる。
これらのことが図1のような効果をもたらしているという。
図1
■は金立水曜登山会(平均69歳、126名)
□は同年代の日本人平均有病率

図2は、水曜登山会の皆さん(平均69歳)に、日本アルプスのような大きな山や、中級山岳でも健脚コースと呼ばれる長いコースを歩いたときに起こる、身体のトラブル状況を訊ねた結果です。比較したグループは、月に約1回の登山をする、ごくふつうの登山者(平均56歳)です。水曜登山会の皆さんは平均年齢が13歳も高いのに、大きな山でのトラブル発生率は目立って低いことがわかります。特に、ふつうの登山者には多発している「膝の痛み」「下りで脚がガクガクになる」「筋肉痛」「上りで心臓や肺が苦しい」で、大きな差が見られるのが特徴です。
これら4つのトラブルは、転ぶ事故や心臓疾患など、重大な事故の引き金にもなります。それが顕著に少ないということは、より快適な登山ができているだけでなく、事故防止という面から見ても大きな意味があることになります。(25~27頁)
図2

水曜登山会の皆さんに訊ねてみると、軽登山を励行するうちに膝や腰がよくなった、という人もいました。この理由は次のように考えられます。
膝や腰の痛みは、その周囲の筋力が低下すると起こりやすいので、予防や改善のために筋力トレーニング(筋トレ)が推奨されています。この点で軽登山の励行は、膝や腰の痛みを改善するような、適度な筋トレ効果があるのです。
反対に、登山によって膝や腰が痛くなる人というのは、1ヵ月に1回程度、あるいはそれ以下の低頻度で大きな山に出かけ、思い出したようにハードな登山をするために、膝や腰を痛めつけるような刺激になっている場合が多いのです。
水曜登山会での調査を含めて、これまでの筆者たちの研究をまとめると、大きな山での登山能力は、70代の前半までは年齢や性別、また過去の登山歴にも関係なく、現時点でどれだけの登山ができているかで決まる、という結果でした。つまり、軽登山の根気よい積み上げが、大きな山への道を開いているのです。「トレーニングに王道なし」といえると同時に、「ちりも積もれば山となる」ともいえるのです。(27~28頁)
では、具体的にはどれくらいの量を、どのように行えばよいのか?
実行できるかできないかは別問題として、理想的なやり方を示すとすれば、週1回、半日程度(3~4時間)で、上り下りともそれぞれ累積で約500mずつとなるような、軽登山を励行することだと考えてください。
1回あたりの上り下りの量がどちらも約500mとなるので、以下、±500m登山と表現します。1ヵ月ではそれを4回、つまり上り下りとも約2000mずつこなすことになります。そこでこれを「月間±2000m登山」と呼ぶことにします。
このような軽登山の励行を勧める根拠はいくつかありますが、図2がその一つです。平均年齢でほぼ70歳の人たちでも、日本アルプス級の大きな山でのトラブル発生をかなり抑制することができます。また機会あるごとに、このような軽登山をほかの人にも試してもらったのですが、例外なくよい結果が得られています。
半日程度の軽登山とはいえ、毎週行うことで体力もつき、山道を歩く技術も上達します。また暑い日、寒い日、雨の日など多様な状況を体験することができ、悪条件下での登山にも強くなります。先に、山でのトラブルを解決する特効薬のようなトレーニングはないと言いましたが、それに近いものがあるとすれば、この月間±2000m登山だといってもよいでしょう。(173~174頁)
1週間で±500m、1ヵ月で±2000mの登山をすると聞いて、
大変な運動量だと思う人もいるかもしれないが、
この量は決して多すぎるわけではなく、
厚生労働省が一般人に対して推奨している健康づくりの運動指針から見ると、
この量でもまだ少し足りないという計算結果になる。
水曜登山会では、月に1回は長めのコースを歩いています。加えて週末には、各自の好みの山に出かける人も多くいます。そして夏になると、本州中部、東北、北海道といった遠方の大きな山の縦走に出かけたりもします。これらの運動量を加算すれば、厚生労働省の基準は十分に満たしているのです。(30頁)
これらの文章を読んで、私は週1~2回、
3~5時間ほどの±500m(プチボッカ)登山を続け、
今夏の5日間の北アルプス単独縦走に挑んだ。
そして、無事、歩き通すことができた。
人によって違うだろうが、少なくとも私にとっては、
この「月間±2000m登山」は効果があったと言える。

「月間±2000m登山」といっても、
月に1回、±2000m登山したらいいのでは……と考える人もいるかもしれないが、
それではダメで、(高齢者は特に)身体を壊してしまう。
そして、毎週1回の軽登山は、励行すれば大きな効果がある反面、
やめればまた元に戻ってしまう。
何事も継続が大事なのだ。

今回のレビューでは、
「70代で日本アルプスを単独縦走するには?」ということについて、
私が参考になった部分を中心に論じたが、
本書には他にも為になる登山術が多く紹介されている。
高齢者になっても登山を続けたいという人には必読の書といえるだろう。







































































