一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『アルキメデスの大戦』 ……菅田将暉の“熱量”と、浜辺美波の“美”……



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毎年夏になると、恒例行事のように戦争映画が公開される。
正直、戦争映画にはあまり興味がないし、
〈今年は『アルキメデスの大戦』か……〉
と、どちらかというと冷ややかな目で見ていた。
だが、主演が菅田将暉で、
戦艦大和の建造計画を食い止めようとする数学者を描いたもの」
という内容を知ったとき、一転、
〈見てみたい!〉
と思った。
菅田将暉が出演している映画には、これまであまりハズレは無かったように思う。
このブログにレビューを書いている作品を挙げてみても、
『共喰い』(2013年9月7日公開)
そこのみにて光輝く』(2014年4月19日公開)
ディストラクション・ベイビーズ』(2016年5月21日公開)
『二重生活』(2016年6月25日公開)
『セトウツミ』(2016年7月2日公開)
『何者』(2016年10月15日公開)
帝一の國』(2017年4月29日公開)
あゝ、荒野』(2017年10月7日前篇、10月21日後篇公開)
『火花』(2017年11月23日公開)
『生きてるだけで、愛。』(2018年11月9日公開)
など、傑作、秀作が多い。
〈その菅田将暉が出演している戦争映画なら、普通の戦争映画とは異なっているに違いない……〉
と思った。
で、公開初日(2019年7月26日)に、映画館に駆けつけたのだった。



1933年(昭和8年)。
欧米列強との対立を深め、軍拡路線を歩み始めた日本。
海軍省は、世界最大の戦艦を建造する計画を秘密裏に進めていたが、
省内は決して一枚岩ではなく、この計画に反対する者もいた。
「今後の海戦は航空機が主流」
という自論を持つ海軍少将・山本五十六舘ひろし)は、
巨大戦艦の建造がいかに国家予算の無駄遣いか、独自に見積もりを算出して明白にしようと考えていた。
しかし戦艦に関する一切の情報は、建造推進派の者たちが秘匿している。
必要なのは、軍部の息がかかっていない協力者だった。
山本が目を付けたのは、
100年に一人の天才と言われる元帝国大学の数学者・櫂直(菅田将暉)。


ところがこの櫂という男は、数学を偏愛し、大の軍隊嫌いという、
一筋縄ではいかない変わり者だった。
頑なに協力を拒む櫂に、山本は衝撃の一言を叩きつける。
「巨大戦艦を建造すれば、その力を過信した日本は、必ず戦争を始める」
……この言葉に意を決した櫂は、
帝国海軍という巨大な権力の中枢に、たったひとりで飛び込んでいく。


同調圧力妨害工作のなか、巨大戦艦の秘密に迫る櫂。


数学的能力、そして持ち前の度胸を活かし、大和の試算を行っていく櫂の前に、
帝国海軍の大きな壁が立ちはだかる……




本作は、昭和20年(1945年)4月7日の戦艦大和の沈没シーンから始まる。


このオープニングシーンが素晴らしく、圧巻の出来で、
これまであまり見たことのないアングルからの描写が秀逸。
〈さすが、山崎貴監督!〉
と思わされる。


これまでの大和は斜めに沈みかけたら爆発して終わり。だけどいろんな手記や資料を読むと、実は鈴なりに人がぶら下がっていたとか、横転してさかさかまになったプロセスがある。また、航空特攻で亡くなった人は4000人と言われていますが、大和一隻だけで3000人強。いろんな悲劇があった特攻に匹敵する人数だったと思うと、本当に切ない運命を背負った戦艦だったと思います。形の美しさも含め、一筋縄ではいかない何かがある。(『キネマ旬報』2019年8月上旬号)

山崎貴監督はこう語っていたが、
この大和の沈没シーンのVFXは、ハリウッド映画にも負けないほどレベルが高く、
映像も美しい。


今回のオープニングシーンの大和沈没シーンは結構自信があります。自分でも何回も観ました。大抵1、2回観たら、一生懸命やったとしても飽きるんですが、今回は短篇くらいのちょうどいい尺。久々に心躍るものに仕上げられた。技術の可能性も揃ってきました。(『キネマ旬報』2019年8月上旬号)

と、山崎貴監督も、自信をのぞかせている。
だが、戦争映画らしい戦闘シーンはこれだけで、
以降、戦闘シーンは一切ない。
だから、山崎貴監督らしいVFXを駆使した戦闘シーンを期待した人は、
肩透かしを食らうことになる。
あるのは、
史上最大にして悲劇の運命を辿った戦艦大和の、
その建造を巡る頭脳戦なのである。
空母の必要性を説く山本五十六らに対して、
戦艦大和の建造推進派は、
予算を通過させるために実際の建造費よりも低い金額の見積もりを作成する。
このからくりを、櫂が数学で解き明かしていくのだ。


大和の建造推進派による妨害や、会議室での論争など、
普通ならあまり面白くなさそうな展開なのであるが、
これがめっぽう面白いのだ。
面白くさせている第一要因は、やはり主演の菅田将暉の“熱量”である。
菅田将暉の話す言葉、表情、動作、目力など、
すべてに“熱”が籠っており、その“熱量”が半端ないのだ。

決めていたのは、一喜一憂をちゃんと演じようということでした。驚くときは驚いて、嬉しいときはちゃんと嬉しく、伝えたいときは思いっ切り伝えるというシンプルなことです。僕の狙いで言うと、数学者には堅くてドライなイメージがあるけれど、櫂に一番人間味がある、ということをやりたかった。会議室の場面を観ると、不思議なことに表面的なことを語っている方が人間らしいはずなのに凄くドライに見えて、頑張って芯の部分を話している人たちの方に“熱量”があるように見えるんです。(『キネマ旬報』2019年8月上旬号)

菅田将暉は語っていたが、
このラスト近くの会議室のシーンがすこぶる面白いのだ。
菅田将暉には、黒板に数式を書きながらの長台詞があるのだが、
“熱量”を落とさずにこのシーンを一気にやり遂げる。

黒板に数式を書き、長台詞のシーンは本当に櫂が乗り移ったみたいに神がかっていた。「カット」と言った瞬間、拍手が起きたことが何度もありました。橋爪(功)さんも「あいつ誰?凄いねぇ」と(笑)。山田洋次監督との会食で、滅多に人を褒めない橋爪さんが絶賛されていたと聞き、改めて凄い俳優さんだと思いました。(『キネマ旬報』2019年8月上旬号)

山崎貴監督も語っていたが、
小日向文世國村隼橋爪功小林克也田中泯といったベテラン俳優たちを前に、
凄い“熱量”で演じた菅田将暉は、本当に素晴らしかった。



櫂(菅田将暉)のバディとも言うべき田中正二郎を演じた柄本佑
本作は数学者の物語なので、なんだか堅苦しい映画と思われがちだが、
クスッと笑わされるような場面もあり、楽しく面白い映画でもある。
その役割を担っているのが田中(柄本佑)で、
櫂と田中のやりとりがやたら面白かった。
第5回 「一日の王」映画賞・日本映画(2018年公開作品)ベストテンで、
私は、柄本佑を最優秀男優賞に選出したが、
期待に違わぬ好演で、私を楽しませてくれた。



財閥・尾崎家の令嬢、尾崎鏡子を演じた浜辺美波


自身の家庭教師として尾崎家に出入りしていた櫂(菅田将暉)を「先生」と呼び、
慕っている役であったが、


男ばかりの登場人物の中で、唯一、光輝く花のような存在であった。




『君の膵臓をたべたい』(2017年7月28日公開)で初めて出逢ったと思っていたら、
先日、『エイプリルフールズ』(2015年4月1日公開)をDVDで見ていたら、
まだ幼さが残る彼女を発見してビックリ。
「美しい人は最初から美しいのだ」ということを再認識させられたことであった。



山本五十六を演じた舘ひろし
山本五十六と言えば、これまで、
三船敏郎役所広司などの名優たちが重厚に演じてきた印象があるが、
舘ひろしが演ずる山本五十六は、ちょっと違った。
スマートで、チャーミングなのだ。
山崎貴監督の脚本や演出も大きいと思うが、
〈こんな山本五十六もありか……〉
と思わせるところは、さすがであった。


大里清を演じた笑福亭鶴瓶は、


原作の漫画そっくり。(笑)


漫画の方が笑福亭鶴瓶を真似たとしか思えない。(爆)


その他、
嶋田繁太郎を演じた橋爪功の悪役っぷりは最高だったし、


平山忠道を演じた田中泯の演技は「さすが!」の一言であった。


夏休みのこの時期は、お子様向けの映画ばかり。
映画館で何を見るか迷ったときには、
本作『アルキメデスの大戦』を、ぜひぜひ。