一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

「人生の一日」(3) ……娘を持つ父親へ……




私が購読している佐賀新聞の読者投稿欄「ひろば」(2025年2月2日付)に、
「娘を持つ父親へ」と題する次のような投稿があった。
(段落を多くして読みやすくしています)


フェイスブックに英語の投稿を見つけた。少し英語がわかるので訳しながら読んだ。

妊婦が夫に、
「男の子と女の子、どちらを期待しているの?」。
夫は、
「男の子なら、算数を教えて、一緒に運動したり、魚釣りを教えるよ」。
女性は笑いながら、
「女の子だったら?」。
夫は、
「何も教えない。彼女はすべてを教えてくれるよ。着こなし方、食べ方、何を言ってはいけないか。すぐに彼女は私にとって第二のお母さんのようになるでしょう。『だめ』と言ったら理解し、将来の夫を私と比較するでしょう。彼女は私のために世界と戦い、誰かが私を傷つけたら、決して許さないでしょう」。
妊婦は少し興味をそそられ、
「娘にはそんなことができるのに、息子はできないってこと?」。
「いや! 息子にもできるけど、時間をかけて学ばないといけない。一方、女の子は生まれつき、こうした性質を持っている。女の子の父親であることは、すべての男性にとって本当に誇りだ」。
すると女性は、
「でも、彼女は永遠に私たちと一緒にいるわけではない」。
夫は、
「そうだね、でも私たちはいつも彼女の心の中にいるよ。彼女がどこへ行こうとも」。
女の子は天使だ。永遠に無条件の愛と思いやりを持って生まれてくる。

娘を持つ幸運に恵まれたすべての父親にささげます。
(佐賀市・Nさん)


私は、幸運なことに、二人の娘を授かった。
私は、二人の娘の父親になった。
いや、父親にしてもらった。
私にとって、これ以上の幸福はない。
私の人生において、これ以上に意味ある出来事はない。
いつもそう思っている。
(映画『インターステラー』より↓)


(映画『SOMEWHERE』より↓)