一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『探偵はBARにいる』  ……ハードボイルドと純愛のカクテル……




この映画を見ている途中、
主人公の大泉洋が、BARでギムレットを注文する場面があった。
その時、私は30年ほど前の出来事を、つい昨日のことのように思い出していた。

18歳からの9年間を、私は東京で過ごした。
ゆくゆくは九州に帰るという約束を親と交わしていたので、
大学卒業後の数年間は、東京で好きなことをして過ごすことができた。
大企業に就職しようと周囲の仲間が必死に就活をしている中、
私は卒業まで遊び惚け、卒業後に、広尾にある小さな編集プロダクションに職を得た。
本や雑誌を読むことが好きだったし、書くことも嫌いではなかったからだ。
その編集プロダクションでは、
大手出版社やスポーツ新聞社から仕事の依頼を受け、
雑誌やスポーツ新聞の記事の企画立案をし、
それに基づいて取材し、文章に起こすまでを生業としていた。
小さなプロダクションということもあって、仕事のえり好みはできず、
きた仕事はすべて引き受けていた。
だから、経済記事から芸能記事まで、ありとあらゆる分野で取材し、記事を書いた。
とにかく面白く、当時、私は夢中で東京を駆け回っていた。
私が入社して数年後、新入社員がまた一人入ってきた。
J大学の新聞学科を卒業したばかりの美しい女の子であった。
大学の新聞学科で学んだようなことは小さな編集プロダクションでは役に立つ筈もなく、
入社早々、彼女はかなり苦労していた。
彼女の指南役を仰せつかった私は、彼女を連れて取材先を回り、
取材の仕方や文章の書き方などを一から教え直した。
お嬢様育ちで、若くして親同士が決めたフィアンセがいる彼女とは、
仕事以外では一線を引いていたが、
彼女が仕事にも慣れ、少し気持ちにも余裕ができた頃、
仕事帰りに彼女と初めてBARに行った。
渋谷の細い路地の奥にある、私の行きつけの店だった。
私がギムレットを頼むと、
「チャンドラーですね」
と彼女が言った。
レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説『長いお別れ』の中にギムレットが登場する。
彼女はそのことを言っているのだった。
雰囲気的に純文学しか読んでなさそうな感じがしていたので、私は少なからず驚いた。
「あの小説、私、大好きなんです」
と微笑みながら言った彼女を、
キャンドルライトに照らし出された美しい横顔とともに今も鮮烈に思い出す。



舞台は、札幌・ススキノ。


この街の裏も表も知り尽くした探偵(大泉洋)は、
いつものように行きつけのBARで相棒兼運転手の高田(松田龍平)と酒を飲み、
オセロに興じていた。
そこへ“コンドウキョウコ”と名乗る女から電話が……。
職業柄、危険の匂いには敏感なはずが、簡単な依頼だと思い引き受け、翌日実行。
だがその直後に拉致され、雪に埋められ、半殺しの目に遭ってしまう。



怒りが収まらぬ探偵の元に、再び“コンドウキョウコ”から電話が……。
その依頼を渋々こなし、自力での報復に動き出した探偵と高田は、知らず知らずのうちに事態の核心に触れていく。



その過程で浮かび上がる沙織(小雪)という謎の美女と、


大物実業家・霧島(西田敏行)の存在。


そして、探偵は4つの殺人事件にぶつかる……。
果たして“コンドウキョウコ”は何を目論んでいるのか?
事件と事件のつながりは何なのか?
探偵と高田は、今日も街を疾走する。
そして最後に待つものとは?

(ストーリーはパンフレットより引用し構成)



原作は、札幌在住の作家・東直己の“ススキノ探偵シリーズ”の第2作『バーにかかてきた電話』(早川書房、1993年)。
ちなみに第1作の方が『探偵はバーにいる』(早川書房、1992年)というタイトル。
映画のタイトルは、この第1作のタイトルを借りているのだ。

なによりも舞台が札幌というのがイイ。
このブログで何度も語っているように、私は地方の街でロケされた映画が大好き。
札幌という街も、若き頃に何度か訪れていて、思い出も残る街。
映画では、札幌を中心に、小樽などでもロケされていたが、
知っている場所も出てきたりして、とても懐かしかった。


大泉洋
『アフタースクール』(2008年)『半分の月がのぼる空』(2010年)での好演が印象に残っているが、この作品でも、コミカルで、時にシリアスな演技で見る者を魅了する。
アクションシーンも無難にこなしているし、
なによりも彼自身のポジティブな心意気が直に伝わってくる感じが素晴らしい。


松田龍平
大泉洋の「陽」に対し、「陰」という感じがし、
素晴らしいコンビネーションを見せているが、
ときとして、それが逆転する場面も多々あり、油断できない。
父親譲りのアクションシーンの巧さもさることながら、その存在感そのものが抜群で、目力にも強さがあり、名優への道を一歩一歩歩んでいるような気がする。


小雪
この映画を見に行ったいちばんの理由は、やはり彼女が出演していたからだ。
日本人離れした美貌と容姿をもつのに、
ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)
『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年)
『信さん・炭坑町のセレナーデ』(2010年)
など、なぜか、かつての美しき日本女性を演じさせるとピタリとハマる。
この『探偵はBARにいる』でも、昭和の香りのする謎めいた女性を演じ、
とてもミステリアス。


この作品の成功は、大泉洋松田龍平、そしてこの小雪のキャスティングで決まったと言えるような気がする。




その他、
竹下景子(相変わらず美しい。我々世代の永遠のマドンナ)や、
高島政伸(最近、恐い人ばかり演じているような気がする)などが、印象深い演技をしていた。


軽快でテンポが良く、ユーモアも随所にちりばめられていて、とても面白く見ることができた。
ハードボイルドには「非情な愛」がつきものだが、
この作品には「純愛」がカクテルされている。
それが見る者の胸を締めつけ、せつなくさせる。
観客動員次第では、続編もありえるし、シリーズ化される可能性もある。
そういう意味でも、映画化第1作となる本作は、見ておくべき作品と言えるのではないだろうか。