一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『はじまりのうた』……キーラに魅了されっぱなしの、極私的“超オススメ作”……


アカデミー歌曲賞を受賞した『ONCE ダブリンの街角で』のジョン・カーニー監督が、
キーラ・ナイトレイマーク・ラファロ共演で描いたハートフルドラマ。
全米公開時は、当初5館での限定上映だったそうで、
その後、口コミ等によって評判となり、
1300館以上まで拡大。
3週目には全米9位を記録して、
オスカー受賞の前作『ONCE ダブリンの街角で』を超える大ヒットとなったとか。

日本では今年(2015年)の2月7日にロードショー公開された作品であるが、
佐賀では、遅れに遅れて、
やっと5月16日(土)から上映が始まった。
私の大好きなキーラ・ナイトレイ主演作なので、
時間を作って、上映館「シアター・シエマ」へ足を運んだのだった。


ミュージシャンのデイヴ(アダム・レヴィーン)と、
恋人のグレタ(キーラ・ナイトレイ)は、
二人で作った曲が映画主題歌に抜擢されてメジャーデビューが決定。
初めて、ニューヨークにやってきた。
スターとして忙しくなるデイヴと、
彼を支えるグレタであったが、
すれ違いの日々が続くなか、彼の浮気が発覚する。


デイヴの許を去ったグレタは、
行くあてのないまま街をさまよい、
旧友で売れないミュージシャンのスティーヴ(ジェームズ・コーデン)の家へ転がり込む。


ティーヴは、自分が登壇する小さなバーのライヴにグレタを連れて行き、
そこでステージに誘う。
グレタは浮かない表情のままステージに上がり、
一曲披露するが、歌は全く受けなかった。


ところが、ホームレス風の男、ダン(マーク・ラファロ)が近づいてきて、
彼女の歌を絶賛し始める。
男は自分が音楽プロデューサーだと明かし、
一緒にアルバムを作ろうと持ちかける。


ダンは、かつて、敏腕プロデューサーであったのだが、
時代の流れに対応できず、
自分が設立した会社をクビになったばかり。
家庭もある事件をきっかけに崩壊し、
妻や娘とも別居状態で、
愛する娘バイオレット(ヘイリー・スタインフェルド)からも煙たがられていた。


何もかもうまくいかないことに腹を立て、
飲み歩いていた時に偶然出会ったのがグレタだったのだ。


グレタの才能に惚れ込んだダンは、
やる気を失くしていた彼女を何とか説得し、
追い出されたレコード会社に彼女を売り込みにいくが、


協力を断られてしまう。


二人には、スタジオを借りるお金もなかったので、
「ニューヨークの喧噪も歌の伴奏にして、アルバムを作ろう!」
と、街中で録音することをダンが提案。
ミュージシャンを雇うお金も無かったので、
友人、知人、学生、それに路地で遊んでいた子供やダンの娘まで参加させ、


エンパイアステートビル
セントラルパーク、
地下鉄のホームなどでゲリラレコーディングを敢行する。


そして、アルバムが完成したその日、
誰も予想できなかった最高のはじまりが待っていた……



と「あらすじ」を紹介したが、
映画は、いま紹介したような順番では進まない。
まず、最初は、
ティーヴ(ジェームズ・コーデン)が、
自分が登壇する小さなバーのライヴで、
グレタ(キーラ・ナイトレイ)をステージに誘うところから始まるのだ。
浮かない表情のままステージに上がり、
弾き語りで「A Step You Can't Take Back」という曲を披露するが、
歌は全く受けない。
歌い終わったグレタの目の前に、
彼女を見つめるダン(マーク・ラファロ)の姿が……

まったくの説明なしでこのようなシーンを見せられるので、
最初は何が何やら解らないのだが、
なぜこのようなシチュエーションになっているのかを、
その日の朝に時間を戻して、
ダンの立場から、
グレタの立場から、
物語が並行して進められるのだ。
この展開が秀逸なのだ。
なかでも、ダンが、
ギターのみで演奏しているグレタの歌声を聴いていると、
あるはずのないピアノやドラムの演奏が鳴り始めるシーンにはシビレてしまった。
たぶん、映画を見始めて、このシーンに至る頃には、
誰もが「傑作」であることを確信するだろう。
事実、私もそうであった。

このオープニングのシーンでしっかりと心を鷲づかみにされ、
映画『はじまりのうた』の中に引きずり込まれてしまえば、
その後は、実に楽しくも素晴らしい体験が待っている。

この映画は、見所満載なのであるが、
私にとっての第一の見所は、
やはり、キーラ・ナイトレイの演奏シーンであった。


彼女が初めてギター演奏と美声を披露したことで注目を集めた作品だが、
ジョン・カーニー監督は、某インタビューで次のように語っていた。

彼女はギターを手にしたことがないし、歌手でもない。
実は音楽には全く興味がない人でした。
だから、日々音楽に触れてもらいました。
楽器を演奏させたり、歌ってもらったり……
僕も大変でした。


思わず「え~」と叫びたくなるほどのエピソードだが、
そんなことを感じさせないほどキーラ・ナイトレイの演奏はサマになっていた。
とびっきり歌が上手いというわけではないが、
初々しく、たどたどしく、
それでいて透明な歌声は、いつまでも聴く者の耳朶に残った。
作品中、キーラ・ナイトレイは何度も歌うので、
彼女のファンにとっては堪えられない作品となっている。


先程、
「この映画は、見所満載なのであるが」
と書いたが、
私にとってはキーラ・ナイトレイの演奏シーンであったが、
多くの人にとっての、もっとも印象に残るであろうシーンは、
グレタ(キーラ・ナイトレイ)とダン(マーク・ラファロ)が、
イヤホンで音楽を聴きながら、
ニューヨークの街を散策するシーンではなかろうか?
二人で同じ音楽を共有しながら行動を共にする……
ただそれだけで、
陳腐でつまらない景色が美しく輝く真珠になる……
誰もが「私もやってみたい」と共感を抱くシーンであったと思う。


ニューヨークの街中でレコーディングという発想も秀逸であった。
映画を見ている者も、
ゲリラレコーディングに立ち会っているような気分にさせられ、
ワクワクさせられるのだ。
今までノイズに思えていた街の音や、
車のクラクション、
カラスの鳴き声さえも、
音楽を構成する仲間のように思えてきて、
何もかもが鮮やかに輝き出す。
こんな体験はなかなかできるものではないと思った。


音楽映画であり、
恋愛映画であり、
友情映画であり、
家族映画でさえある、
いろんな要素を含んだ不思議な作品。


映画『はじまりのうた』は、
キーラ・ナイトレイのファンだけでなく、
誰もが何十回も見たいと思わせる傑作である。
上映している映画館もまだたくさんあるので、
機会があったら映画館でぜひぜひ。
きっとあなたを「一日の王」にしてくれることでしょう